死ぬ間際なるべく後悔しないために今すべきこと


自分の気持ちに正直に生きなければ、死ぬときに必ず後悔する

自分の気持ちに正直に生きなければ、死ぬときに必ず後悔する

「人生はあっという間だ」とよく言われます。多くの人がなぜか年を重ねるごとに時間の加速を感じるように、モタモタしているとやりたいことが何もできないままに一生を終えます。やりたいことができなければ、その分だけ後悔する羽目になるわけです。

人生の何に喜びを見出すかは人それぞれですが、何であれ、自分の気持ちを押し殺して、他人優先の人生を送るというは大方不幸せのように思います。日本は他国に比べると、うつによる自殺者が多いですが、これは日本人特有の真面目さ、我慢を重ねる性格が原因といわれています。我慢のし過ぎは心を破壊してしまうのです。

仕事でもプライベートでも人付き合いは必要で、いい人ほどストレスを抱えます。うまく手の抜き方を知っている人、言い方は悪いですが、小ズルく生きている人ほどストレスは溜まりません。ストレスが溜まらない方が、人生は楽しいでしょうし、長生きだってできます。我慢なんて体にも心にもいいことなんて一つもないのです。

自分の心に嘘をつき続けて生きてきた人は、死に際に必ず後悔します。好きな人がいるなら告白すべきだし、今とは違った仕事がしたいならすべきなのです。これは自分勝手に振舞えという意味ではありません。人の道に反しない範囲で、本当にやりたい新しい人生を歩みべきだということです。

新しいことをしようとすると逆風はつき物で、それなりにつらい経験をするでしょう。しかしもし失敗しても、やらなかったときの後悔に比べれば何のことはないはずです。我慢を重ねた人生は、人から尊敬されるかもしれませんが、羨ましいとは思われません。羨ましがられるのは、自由に生きてきた人生です。

誰もが自由に生きたいと願ってますが、何かに恐れて踏み出せず、最後の最後に悔しい思いをしています。病院のベッドで「先生、辛抱ばかりの私の人生、何だったんでしょうか?」と言ってる自分を想像すると悲しくなるでしょう。そうならないために、普段からやりたいことはささっとやるべきなのです。

延命ではなく充実した人生を送るのが治療の目的だと知ろう

延命ではなく充実した人生を送るのが治療の目的だと知ろう

医療は人の病気を治し健康にするために存在します。しかし世の中にはまだまだ治らない病気が存在します。その時の治療の目的は何か?それは病気の進行を可能な限り遅らせる事にあります。

しかし患者の人生一番の目的が「病気の進行を遅らせること」になってしまうことがあります。それは誤った考え方です。患者がすべきことは、気持ちに折り合いをつけて、残された時間をより充実させることです。延命は第二の目標で、より良く生きることを第一に考えないと、結局時間を無駄に過ごしてしまいます。

死期が迫れば「ただ生きてるだけで素晴らしい」とも思うでしょう。ただそれは最高の目的ではないはずです。長生きや健康は夢や希望をかなえるためにあるのではないでしょうか。

治らない病気の進行を食い止める治療は大変高度な技術が必要です。延命治療は難易度が高く、残りの人生の大半を病院で過ごすことになってしまうでしょう。抗がん剤など副作用が強い薬を用いれば、投薬すること自体が命を縮めることにもなりかねません。これでは生きていてもちっとも幸せとはいえないはずです。だから直らない病気の治療は普通、病気の進行を遅らせると同時に、病気や薬の副作用による苦痛を柔らげることに焦点が置かれます。

にもかかわらず当の患者は一秒でも長く生きることだけに生きがいを感じたりします。治療の真の目的が、家族や親しい人と過ごしたり、やり残したことをする時間を作り出すことであるのに、それに気づけず「ただ生きたい」と願うのです。

残念なことに延命最優先の治療と、生活の質を確保したまま最期を迎える治療は両立できないことが多々あります。医療の限界なのです。したがって、延命をとにかく優先してしまうと生活の質は悪化します。やりたいことができる環境ではなくなってしまうのです。

不治の病に、生きること最優先の治療だけで挑めば苦しいだけで何も幸せではありません。延命最優先の治療を受けた患者は、いつの間にか死期が迫っていて「楽な治療を受けて時間を有意義に使えばよかった」と後悔する場合が多いようです。医者などの専門家と十分話し合って、どんな治療を行えば、最善のエンディングを迎えられるか検討することが大事です。

生前の意思は元気なときにハッキリ家族や周りに伝えておこう

生前の意思は元気なときにハッキリし家族や周りに伝えておこう

健康なうちから自分の死に際の意思を伝えておくことは大変重要です。テレビドラマなどを見ると、死ぬ間際まで話ができたり、ベッドの上で動けたり、病室には家族と患者しかおらず話すタイミングがあったりというシーンが散見されますが、現実の多くは違います。

ほとんどの場合、話せず、動けず、意識はないのです。機械や管につながれて、家族は遠くへ追いやられ、医者と看護士に取り囲まれて死ぬまで過ごすかもしれません。死期が迫ってくると、「ああして」「こうして」という意思表示がさまざまな理由で困難になります。「もっと早く自分の意思を家族に伝えておくべきだった」と後悔するのです。

後悔しないためには、早めにきちんと自分の意思を伝える手段を確立することです。自分の意思を紙に書いておく、自分に成り代わって意思を表示してくれる代理人を立てておく、そして何より家族同士でもしものとき、自分がどうして欲しいかを遠慮なく話し合っておくことが重要になります。

意識が低下して意思疎通ができなくなった場合のために、健康なときに自分の信念、心情を伝えておきます。あなたの死に際の意思はあなたから語り始めなければなりません。周囲は遠慮しがちな話題です。聞きたくても聞けない、という思いを抱いてるケースもたくさんあります。

生前の意思が俎上に載れば、考え方の違いでぶつかる事もあるでしょう。しかし、自分のことですから譲れないところは決して折れるべきではないし、最大限に主張しましょう。たとえ一時的に関係がこじれても、自分の意見は主張ははっきり言うべきです。そうしなければ、やはり死に際に後悔します。

話し合いが何もないまま死に直面すると、結局家族が代理決定するとこになります。当事者の人生観や死生観がきっちり伝わっていなければ、家族は悩みます。そして悩み悩んだ挙句、当事者の思いとは違った決断が下されるかもしれません。そんな悲しいことにならないために、生前の意思を話し合う時間が必要なのです。

喫煙者の多くは死ぬ間際「吸わなきゃよかった」と後悔している

喫煙者の多くは死ぬ間際「吸わなきゃよかった」と後悔している

当たり前のことですが、タバコは体によくありません。ガンの原因になるだけでなく、心血管系の病気や肺疾患の原因にもなる毒性の強い嗜好品です。”嗜好品”ですから、人はタバコがなくても生きていけます。吸う人と吸わない人がいるわけです。近くに吸う人がいると、その煙はタバコを吸わない人にまで悪影響を及ぼします。喫煙者が肩身の狭い思いをするのは仕方がないと言えるでしょう。

人の死因には、がんや呼吸器疾患(肺気腫とか)など、「タバコが原因かも」と疑うような病気も多くあります。長年喫煙をしてこのような病気にかかった人たちの多くは、病院の先生に尋ねるそうです。「私の病気ってタバコが原因なんですか?」「タバコを吸ってなかったらこんな苦しい思いしなかったんでしょうか?」と。

ガンや肺気腫になる可能性は、喫煙量に比例して上昇しますが、個人差もあり、タバコを吸わなければ病気にならなかったのかを検証することはできません。しかし元々病気になりやすい人は、タバコを吸うことで体に負担がかかり発病しやすくなります。若いときは病気にならないからと舐めてかかり、いつの間にか依存し吸い続けて、年を取ったときに痛い目を見る。吸ってすぐに病気になるわけでなく、小さな積み重ねで、気が付いたら遅かったというのが、喫煙を後悔する人の典型的パターンです。

喫煙をすると、ならなくて済んだかもしれないガンや肺疾患になります。そして、時には死んでしまいます。健康なうちは多くの喫煙者が「タバコを吸って病気になっても、自分で決めたことだから大丈夫」と高をくくっています。ただ実際に病気になってつらい生活を強いられると、ほとんどの人が多かれ少なかれ「タバコなんてやめておけばよかった」を悔いるのです。

タバコは人が生きていくのに必須のものではありません。タバコが手放せない人も、知らないうちに中毒になって「無いと生きていけない」と思い込んでいるだけです。喫煙は自らの寿命を縮めます。なんて馬鹿な話でしょう。理屈では分かっていてもなかなか止められないのが現実ですが・・・。

健康管理のやり方を間違えると死に際に絶対後悔する

健康管理のやり方を間違えると死に際に絶対後悔する

何をするにしても健康が大事です。スポーツをするのも映画を見るのも食事をするのも健康だからこそ心から楽しめます。 (さらに…)

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